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東京高等裁判所 昭和49年(行コ)55号 判決

控訴人

安藤勝弥

右訴訟代理人

渡辺靖一

外三名

被控訴人

浦和税務署長

官島勝晴

右指定代理人

前蔵正七

外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は、当審において請求の趣旨を変更(減縮)し、「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四六年二月一七日付でした控訴人の昭和四三年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定(但し被控訴人が昭和四六年六月二八日付異議決定で取消した分及び国税不服審判所長が昭和四九年一二月二八日付裁決で取消した分を除く)は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、なお予備的に「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四六年二月一七日付でした控訴人の昭和四三年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定(但し被控訴人が昭和四六年六月二八日付異議決定で取消した分及び国税不服審判所長が昭和四九年一二月二八日付裁決で取消した分を除く)を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上法律上の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実摘示(別紙を含む)のとおりであるからこれを引用する。

(一)  原判決一一枚目表二行目を全部削り、同三行目に「(六)同5(三)」とあるのを「(五)同5(二)」と、同一〇行目に「(七)」とあるのを「(六)」と改め、原判決四八枚目(別紙(五)被告の主張の九枚目)表六行目挿入部分に「剰じて」とあるのを「乗じて」と改める。

(二)  控訴代理人の新たな陳述

1  国税不服審判所長の裁決とこれに伴う請求の趣旨の変更について

(1) 控訴人は本件原処分(昭和四三年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定)について国税不服審判所長に審査請求をしていたところ、国税不服審判所長は、昭和四九年一二月二八日付裁決書によつて、原処分の本税の額のうち九九万三〇〇〇円及び加算税の額のうち四万九七〇〇円合計一〇四万二七〇〇円を取消す旨の裁決をし、昭和五〇年一月三〇日右裁決書謄本が控訴人に送達された。右取消の理由は、原処分庁は、控訴人が甲土地の譲渡によつて六六〇〇万円の譲渡所得(損害賠償金)があつたと認定し、右収入を得るに要した経費については零としているが、右譲渡費用の額を三〇〇万円とするのが相当であるというのである。

(2) よつて、主位的請求及び予備的請求の各請求の趣旨を前記のとおりに変更する。

2  処分理由(一)について

(1) 控訴人は、訴外日産デイーゼル工業株式会社(以下訴外会社という)との間の昭和三六年七月二二日の土地交換契約に基き、同月二七日訴外会社から補足金一〇〇〇万円の支払を受けるのと同時に甲土地を訴外会社に引渡した。一方訴外会社は、右交換契約の約旨に反し、乙土地の控訴人への所有権移転登記手続を履行せず、さらに控訴人の催告にかかわらず訴外会社の工場用地内から乙土地に替わる三二四一坪の土地を選定することもしなかつたので、控訴人が右土地の選択権を取得して丙土地を選択し、訴外会社に対し昭和三七年二月三日頃到達の内容証明郵便でその旨通知するとともに丙土地の引渡を求めた。したがつて、甲土地については昭和三六年七月二二日訴外会社に、丙土地については昭和三七年二月三日頃控訴人に、それぞれ所有権が移転し、ここに資産の交換による権利関係が確定し、所得税法第五八条第一項によつて甲土地の譲渡はなかつたものとみなされるべきであつたのである。その後訴外会社が不誠実な態度であつたため、控訴人が訴外会社に対して丙土地の所有権移転登記手続請求の訴訟を提起し、同訴訟において、丙土地の引渡を受けることが事実上困難であつたので、裁判官の勧告に従つて丙土地の填補賠償金五六〇〇万円の支払を受ける和解に同意したのであるが、このような和解をしたからといつて、丙土地の所有権移転登記及び引渡が不能になつたのは事実上のかつ後発的な事由によるものであつて控訴人の責に帰すべき事由によるものではないのであるから、すでに所得税法上甲土地の譲渡がなかつたものとみなされた関係が覆滅するものではない。

仮に前記土地交換と訴外会社の不履行による損害賠償とを一連のものとして一体的に把握すべきであるとしても、控訴人が取得した損害賠償金は訴外会社の交換契約の履行に替わる填補であるから、その賠償金に対しても所得税法第五八条第一項第二項の規定が適用または準用されるべきである。

(2) 租税法律主義の原則(憲法第三〇条、第八四条)により、税法の解釈方法としては、文理解釈、論理解釈や反対解釈は許されても、類推解釈や拡張解釈は、解釈内容が明確でなく法的安定性及び予測可能性を欠くので許されず、また税法に私法の概念と同じ概念を使用している場合には私法と同じ意味に解すべきであり(最高裁判所昭和三五年一〇月七日判決)、特定の概念又は用語に伴う予測可能性の限界を越える解釈も許されない。

本件において、いつたん成立した甲土地と丙土地との交換契約とその後に発生した訴外会社の債務不履行に基く損害賠償の問題とを「経済的には」対価にあたるとみて混同してしまうことは、所得税法第五八条の規定を没却してしまう拡張解釈であり、甲土地の譲渡が昭和三六年七月二二日になされその譲渡が同月二七日完了しているのに、その譲渡の対価とは概念的にも性質上も異質であり、しかも七年以上経過してからの別の土地である丙土地についての債務不履行による損害賠償金をもつて甲土地の譲渡所得であるとするのは、極端な拡張解釈であつて不当である。

仮に所得税法上の譲渡所得を実質(経済)的に把握することが一般論として許されるとしても、本件において交換土地が填補賠償金に変じたのは、訴外会社の一方的不履行によるものであつて訴訟人の行為(事由)に基くものではなく、その間に法律上の困果関係を認めたり実質的な関連性を強調することは、著しく不当であつて許されない。

結局本件処分は、丙土地についての損害金を甲土地の譲渡代金と誤つて解釈し、これに課税した違法がある。

(3) 資産の譲渡による所得についての権利確定の時期は当該資産の所有権が相手方に移転する時であり、本件土地交換契約には所有権留保に関する定めがないから、甲土地の所有権が訴外会社に移転したのは在契約が成立した昭和三六年七月二二日であり、したがつて甲土地の譲渡所得の発生時期は同日である。

仮に右の所有権の移転とは物の完全な支配権の移転をいうとしても、訴外会社は昭和三六年七月二七日甲土地の引渡を受け、一団の工場用地の一部となつていた右土地の整地にいちはやく着手し、同日以後完全な支配権を取得したから、同日が甲土地の譲渡所得の発生時期である。

また控訴人の取得資産の確定時期を問題とするとしても、前記のように控訴人が本件交換契約に基いて丙土地を選択した旨の通知が訴外会社に到達した昭和三七年二月三日頃に丙土地の所有権が控訴人に移転し、訴外会社の控訴人に対する右土地の所有権移転登記義務が確定したのであり、その後成立した前記和解は、すでに客観的に確定している取得資産である丙土地について、訴外会社が控訴人に対するその所有権移転登記義務の履行に替えて填補賠償金を支払うこととし、その金額について交渉を重ね控訴人の任意の譲歩によつて合意が成立するに至つた結果に過ぎないのであつて、この時点まで丙土地すなわち取得資産が確定していないと解するのはなんら合理性がない。

よつて、本件処分には所得の発生時期を誤認して課税した違法がある。

3  処分理由(五)について

戌土地三筆の売買代金は、同各土地に施設される市道の付け替え等の事情から額が確定できない状態であつて、当事者間の話し合いも成立していない。

したがつて、本件処分には未発生の所得に課税した違法がある。

(三)  被控訴代理人の新たな陳述

1  控訴人主張の右(二)の1の(1)の事実は認める。

控訴人は原処分、異議申立、審査請求及び原審の各課程において一貫して譲渡費用の額を明らかにしなかつたので、やむを得ず訴外会社が甲土地の交換契約の履行をめぐる訴訟等のため弁護士に支払つた費用を参考とし、弁護士報酬二八〇万円、弁護士日当二〇万円合計三〇〇万円を譲渡費用として推計算定したものである。

よつて、原判決別紙(五)被告の主張の一部を次のとおり訂正する。

(1) 原判決四二枚目裏五行目から四三枚目表一行目までを、

「したがつて、審査請求による裁決後の控訴人の所得金額は、給与所得金額三、〇一〇、六〇〇円、譲渡所得金額四一、三八四、〇九五円、総所得金額四四、三九四、六九五円、本件所得控除の合計額五三三、四八〇円、課税される総所得金額四三、八六一、〇〇〇円、算出税額二四、五七八、九五〇円、源泉徴収所得税額四六九、三〇九円、納付すべき税額二四、一〇九、六〇〇円となり、これに伴い過少申告加算税額も一、〇二八、〇〇〇円となつた。」

と改める。

(2) 原判決四三枚目裏八行目の必要経費欄を「三、〇九七、二三〇」と、譲渡益の額欄を「六二、九〇七、七七〇」と、同一〇行目の必要経費欄を「九、一四九、五〇〇」と、譲渡益の額欄を「八三、〇六八、一九〇」と、同四四枚目表二行目の必要経費欄を「一七、六四九、五〇〇」と、譲渡益の額欄を「八三、〇六八、一九〇」とそれぞれ改め、同四四枚目表八行目「右譲渡益」以下同四四枚目裏二行目までを、

「右譲渡益の合計額八三、〇六八、一九〇円から譲渡所得の特別控除額三〇〇、〇〇〇円を控除し、さらに右控除後の金額八二、七六八、一九〇円の二分の一に相当する四一、三八四、〇九五円を控除し、その残額四一、三八四、〇九五円をもつて、総所得金額の算出の基礎となる譲渡所得金額としたものである。」と改める。

2  控訴人の右(二)の2の(1)の主張について

控訴人は丙土地を取得したと主張するけれども、その事実は全くなく、原判決別紙(四)の和解調書の和解条項第一項に明示されているとおり、控訴人が本件において取得したのは土地ではなく金銭である。

仮に控訴人が丙土地を取得したとしても、所得税法第五八条に定める取得資産を譲渡資産の譲渡直前の用途と同一の用途に供した事実はな全くない。

さらに控訴人が取得した損害賠償金に対しても所得税法第五八条第一項第二項の適用または準用があるべきであるというのは、独断的解釈であつて法的根拠がない。

3  同(二)の2の(2)の主張について

租税負担公平の原則から損害賠償金の実質上の性格をとらえれば、本件の六六〇〇万円は甲土地の譲渡対価であり、税法においては法律的な形式面だけにとらわれることなく、広く経済的な実質面すなわち実質上の性格を検討する必要がある。

4  同(二)の2の(3)の主張について

訴外会社と控訴人との間では交換契約そのものをめぐつて争いが生じたのであつて、これを解決すべく訴訟が提起されてその結果和解が成立したのであるから、交換契約日である昭和三六年七月二二日の段階ではまだ取得資産が確定しておらず、したがつて甲土地の譲渡所得も確定していないと解すべきであり、甲土地の譲渡につき昭和四三年分の譲渡所得として課税した原処分に誤りはない。

5  同(二)の3の主張について

控訴人主張の戌土地三筆は訴外有限会社尾張屋及び石川作太郎に昭和四三年中に移転したもので、譲受人等も同年中に代金の決済をし所有権を取得した旨述べているのであつて、控訴人の主張は理由がない。

(四)  新たな証拠〈略〉

理由

一控訴人の昭和四三年分所得税につき、控訴人の確定申告、被控訴人のこれに対する更正及び過少申告加算税賦課決定(本件処分)、控訴人の本件処分に対する異議申立とこれに対する被控訴人の決定(本件異議決定)、控訴人の国税不服審判所長に対する審査請求とこれに対する裁決が順次控訴人主張のとおりなされたことは、当事者間に争いがない。

控訴人は、本件処分のうち、控訴人が昭和四三年一二月二七日訴外日産デイーゼル工業株式会社(訴外会社)に原判決別紙(一)目録記載一の(1)及び(2)の土地(甲土地)を譲渡した譲渡価額六六〇〇万円の申告がないことによる加算(本件処分理由(一))並びに控訴人が同年七月三日大岩嘉一外一名に同目録記載七の(1)ないし(3)の土地(戌土地)を譲渡した譲渡価額一〇六〇万円の申告がないことによる加算(本件処分理由(五))にはそれぞれ瑕疵があると主張するので、以下これについて順次判断する。

二本件処分理由(一)について

1  控訴人と訴外会社が、昭和三六年七月二二日、「(一)控訴人はその所有の甲土地の所有権を訴外会社に移転し、訴外会社はいずれも第三者所有の原判決別紙(一)目録記載二の土地四七筆(乙土地)を取得したうえその所有権を控訴人に移転するほか、契約成立の日の翌日から一週間以内に補足金として一〇〇〇万円を支払う。(二)訴外会社から控訴人に所有権を移転する乙土地の所有権移転登記の日は昭和三六年一一月三〇日と予定する。(三)訴外会社が控訴人に対し右期日までに乙土地の一部分といえども完全に所有権を移転することができないときは、交換契約は当然に解除となるものとする。(四)右解除となつた場合には、訴外会社は乙土地に代え訴外会社がすでに所有権を取得した工場用地内から訴外会社が選択した三二四一坪(一団の工場適地)を控訴人に引渡し、直ちに同土地の所有権移転登記手続をすることを確約する。この場合には別に交換による補足金を附さないこととし、前記補足金を損害賠償金に充当し、訴外会社は控訴人にその返還を求めないものとする。」との内容を骨子とする原判決別紙(三)(交換契約書)のとおりの土地交換契約を締結したことは当事者間に争いがない。そして官公署作成部分の成立につき争いなくその余の部分の成立については弁論の全趣旨によつて認めることができる甲第三〇号証の一、成立に争いない甲第三〇号証の二、乙第六号証及び同第二〇号証の一、二並びに原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、昭和三六年七月二七日、訴外会社から右交換契約で約した補足金一〇〇〇万円の支払を受けるとともに甲土地を訴外会社に引渡したのであるが、訴外会社が第三者から取得して控訴人に所有権を移転することとなつていた乙土地については、右交換契約においてその所有権移転登記の日と「予定する」とされた日である昭和三六年一一月三〇日に所有権移転登記を受けられなかつたので、訴外会社に対し同日付同年一二月一日到達の内容証明郵便によつて右交換契約の約旨に基き契約が解除になつた旨通知し、かつ訴外会社所有の工場用地内から三二四一坪の一団の工場適地を分筆して控訴人に対し所有権移転登記及び引渡をするよう申入れ、さらに同年一二月九日付その頃到達の内容証明郵便によつて一週間の期間を定め引渡土地を特定して所有権移転登記手続をするよう催告したのであるが、訴外会社は右期間内にその土地の選択をしなかつたことが認められる。そこで控訴人が、右土地の選択権は控訴人に移転したものとして、訴外会社に対し、昭和三七年二月三日付内容証明郵便によつて訴外会社の工場用地内から原判決別紙(一)目録記載三の土地(丙土地)を選択しその引渡を求める旨通知したうえ、浦和地方裁判所に同土地の所有権移転登記手続を求める訴訟(同裁判所昭和三七年(ワ)第一三三号事件)を提起したところ、訴外会社が前記交換契約に基いて甲土地の所有権移転登記手続を求める反訴(同裁判所同年(ワ)第二一二号事件)を提起して争い、昭和四三年一二月二四日の期日において、控訴人と訴外会社との間に、「(一)訴外会社は控訴人に対し前記交換契約の履行不能に基く損害賠償として五六〇〇万円を支払う義務があることを認める。(二)訴外会社は控訴人に対し右金員を昭和四三年一二月二八日限り甲土地につき浦和地方法務局上尾出張所昭和三七年三月三〇日受付第二二〇八号をもつてなされた訴外会社のための所有権移転仮登記の本登記手続を受けるのと引換に支払う。(三)控訴人と訴外会社は、本件に関し本和解成立をもつて一切円満解決とし、本和解条項以外にはなんらの債権債務のないことを相互に確認する。」との内容を骨子とする原判決別紙(四)(和解調書)のとおりの和解が成立し、控訴人が同月二七日訴外会社から右和解に基く損害賠償金五六〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

なお前記交換契約の契約書第一一条のうち第一項には、第一〇条の期限までに訴外会社から控訴人に乙土地の一部分でも所有権を移転することができないときは「交換契約全部が当然に解除となるものとする」とあるけれども、同条第二項及び第三項の内容、訴外会社が前記のような反訴を提起したこと、成立に争いない乙第二〇号証の一〇(これにより、成立に争いない乙第二〇号証の五による控訴人の右反訴に対する答弁内容は改められたものとみられる)並びに原審における控訴人本人尋問の結果にかんがみると、右第一項は、その文言にかかわらず、訴外会社が甲土地と交換に控訴人に所有権を移転する土地が乙土地であること及び訴外会社が控訴人に支払う前記一〇〇〇万円が補足金であることはいずれも解除によつて解消するが、控訴人が訴外会社に甲土地を譲渡することは解消することなく存続させる約旨であると解される。

また成立に争いない乙第二〇号証の一ないし三及び六ないし一〇によれば、前記訴訟において訴外会社は、前記交換契約の契約書第一〇条に控訴人に対する乙土地の所有権移転登記の日は「昭和三十六年十一月三十日と予定する」とあるのは、一応の予定を定めたもので不確定期限であり、しかも訴外会社は右の日の当時すでに第三者から乙土地を買取つて自己名義に登記を了し、そのうち農地については転用の許可を得、同年一二月八日には地目変更の登記を経て控訴人への所有権移転登記が可能な状態にあつたから、訴外会社に履行遅滞はなかつたこと、そのほか控訴人の解除権の乱用等を主張し、他方控訴人は、右第一〇条は確定期限を定めたものであり、しかも訴外会社が完全な履行ができるようになつたのは昭和三七年三月二八日であること、訴外会社は控訴人に乙土地を引渡そうとしているが、乙土地は物的にも法律的にも瑕疵あるものであつて、その引渡を受けることには応じがたいこと等の主張をして争つたことが認められる。

2  被控訴人は、控訴人が訴外会社から昭和三六年七月二七日前記交換契約に基いて支払を受けた一〇〇〇万円及び昭和四三年一二月二七日前記和解に基いて支払を受けた五六〇〇万円の合計六六〇〇万円は控訴人が訴外会社に甲土地を譲渡した譲渡価額であつて、控訴人の昭和四三年における総収入金額に算入すべき金額として譲渡所得税の課税対象となるとして本件処分をしたのであるが、これに対し控訴人は、帰するところ右六六〇〇万円は譲渡所得税の課税対象とならないこと及び仮にその対象となるとしても課税年度は昭和三六年ないし昭和三七年であることを主張して争うのである。

ところで譲渡所得に対する課税は、年々の資産の値上りによつて蓄積されつつその資産の所有者に帰属していく増加益を所得とし、この増加益がその資産が所有者の支配を離れて他に移転するときに一挙に実現するものとみて、その機会にこれを清算して課税する趣旨のものである(最高裁判所第三小法廷昭和五〇年五月二七日判決、なお昭和四〇年法律第三三号による改正前の旧所得税法―以下旧所得税法という―の下でも同様に解されることにつき最高裁判所第三小法廷昭和四七年一二月二六日判決)。そしてその税額算出の基礎となる譲渡所得の金額を計算するには、まずその年中の長期・短期各譲渡所得別の総収入金額からその資産の取得費及び譲渡費用を控除することとされ(所得税法第三三条第三項、旧所得税法第九条第一項第八号)、右の総収入金額に算入すべき金額はその年において収入すべき金額である(所得税法第三六条第一項、旧所得税法第一〇条第一項)。また一年以上有していた固定資産を他の者が一年以上有していた固定資産と交換し、その取得した資産を譲渡した資産の直前の用途と同一の用透に供した場合には譲渡資産(取得資産とともに金銭その他の資産を取得した場合はこれを除く)の譲渡がなかつたものとみなされるが、譲渡資産と取得資産の価額の差がいずれか多額の資産の価額の一〇〇分の二〇を超える場合はこの特例の適用がないこととされ(所得税法第五八条第一項、第二項)、この交換の特例は旧所得税法の下でも昭和三四年の税制改正後認められていたが、取得資産の制限につき右と異つていたほか、この特例の適用がないのは、交換に際し交換差金等の授受があつて、その金額が譲渡資産か取得資産かいずれか多額の資産の価額の一〇〇分の二〇を超える場合とされていた(旧所得税法施行規則第九条の七)。

右のような譲渡所得税の課税の趣旨並びに所得税法、旧所得税法及び同法施行規則の規定からすると、資産を譲渡することによつて取得する反対給付は、それが損害賠償金、補足金等の名目のものであつても、その譲渡した資産に蓄積し内在していた値上りによる増加益が具体化したものとみられるかぎりは、総収入金額に算入すべき金額であつて課税の対象となると解するのが相当であり、また譲渡所得税の課税年度は原則として値上りによる増加益が実現したとみられる資産の所有権その他の権利を移転した時の属する年であるが、資産の有償の譲渡の場合にこれに対する反対給付の基本的部分について争いを生じ、前記交換の特例の適用の有無が確定せず、あるいは総収入金額に算入すべき金額が確定しないために税額の計算ができないというようなときは、資産の所有権その他の権利の移転がなされてもそれだけでは未だ現実に課税することができないのであるから、その争いが解決して権利関係が確定した時の属する年をもつて課税年度とするのが相当である。

3  そこで前記1に認定した事実関係に基いて検討する。

まず控訴人が訴外会社から昭和三六年七月二七日支払を受けた一〇〇〇万円は、当初前記交換契約の約旨に従い補足金すなわち甲土地と乙土地との交換差金として授受されたのであるが、その後訴外会社から控訴人に引渡すべき交換土地につき粉争を生じて訴訟となり、その訴訟において訴外会社に履行遅滞があつて右交換契約の契約書第一一条に定める場合に該当することとなつたかどうかが争われ、これに該当すれば右一〇〇〇万円は損害賠償金に充当されるべき金員となるのであつて、右訴訟の結果如何によつていずれかに決まるはずであつた。そして右訴訟は和解によつて終了し、その和解条項中には右一〇〇〇万円の処置につき明示的に触れたものがないのであるが、これは、在和解が訴外会社から控訴人に前記交換契約の履行不能による損害賠償金を支払うこととしたものであり、交換契約上訴外会社に履行遅滞があつたときは右一〇〇〇万円は損害賠償金に充当することとされていたところから、控訴人も訴外会社もすでに授受を了している右一〇〇〇万円を控訴人がそのまま取得することを当然のこととして和解を成立させたためであり、このことは原審における控訴人本人尋問の結果からもうかがえるところである。また右和解において本件に関し本和解条項以外には何らの債権債務のないことを相互に確認する旨合意しているのは、右一〇〇〇万円を控訴人が取得したままとする趣旨を含んでいると考えられるのである。ところで鑑定人船津鴻之助作成の鑑定評価書であつて成立に争いない甲第四号証によれば、右和解成立の直前である昭和四三年一一月一五日現在における丙土地(同鑑定評価書では甲土地)の価額は六八〇五万円(なお乙土地は三七九〇万円)と評価されており、これが右和解において参考とされたことは原審における控訴人本人尋問の結果によつて認められるところである。そして右和解に明示された五六〇〇万円に前記一〇〇〇万円を加えた合計六六〇〇万円は、丙土地の右鑑定評価額に近似しているのである。以上の諸点を勘案すると、右和解の結果、訴外会社としては、控訴人からすでに引渡を受けていた甲土地につき所有権移転登記を受けることによつて完全にこれを取得し、これに対する反対給付として控訴人に交換土地を譲渡すべきところ、これが履行不能であるとして損害賠償金合計六六〇〇万円を支払つたのであり、他方控訴人としては、訴外会社に甲土地を譲渡し、その反対給付として控訴人の主張によれば丙土地の譲渡を受けるべきところ、これが履行不能であるとして丙土地の鑑定評価額に近似する合計六六〇〇万円を損害賠償金として支払を受けたものと認めるのが相当である。そうすると右六六〇〇万円は、甲土地の譲渡に対する反対給付として訴外会社から控訴人に支払われたものであり、これには甲土地の値上りによる増加益が具体化したものも含まれていたのであつて、譲渡所得税の課税対象となるというべきである。

次にその課税年度について考えると、控訴人は訴外会社との間に昭和三六年七月二二日前記土地交換契約を締結し、同月二七日右契約に基き訴外会社から補足金として一〇〇〇万円の支払を受け、同時に甲土地を訴外会社に引渡し、以後甲土地の所有権移転登記は未了であつたがその事実上の支配は訴外会社に移転し、控訴人も訴外会社も甲土地の譲渡自体を解消しようとはしなかつたのであるから、甲土地の所有権は右引渡の時に控訴人から訴外会社に移転したもので、従つて甲土地の譲渡所得税の課税年度は昭和三六年であるといえそうである。しかし昭和三六年に甲土地の譲渡があつたとしても、その譲渡に対する反対給付としての交換土地につき紛争を生じて訴訟となり、この訴訟においてはことに控訴人主張のように控訴人が昭和三七年二月三日頃丙土地を交換土地(取得資産)として取得したかどうかが争われ、その訴訟の結果によつて権利関係が明らかになるまでは、その譲渡所得に課税するには前記交換の特例の適用の有無や総収入金額に算入すべき金額が確定せず現実に課税することができない状態にあつたのであり、結局前記和解によつてその紛争が解決し控訴人と訴外会社との間の権利関係が確定した時にはじめて課税できることとなつたのであるから、その時の属する年である昭和四三年をもつて課税年度とすべきである。

以上の認定・判断に反する控訴人の主張は、いずれも採用しがたい。

4  よつて本件処分理由(一)には控訴人主張のような瑕疵があるものとは認めがたく、右処分理由(一)は相当である。

三本件処分理由(五)について

控訴人が昭和四三年七月中その所有の戌土地すなわち原判決別紙(一)目録記載七の(1)ないし(3)の三筆の土地を代金一一二四万円で他に売渡す契約を締結したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、在売買契約が締結されたのは同月三日であり、またその買受人は訴外大岩嘉一(ただし実体は同人が代表社員である訴外有限会社尾張屋不動産であつて、同会社の計算において買受けた)及び訴外石川作太郎であるが、右契約後戌土地に隣接している市道が付け替えられて戌土地に喰い込む予定となつていることが分り、そのため当事者間で右代金を一〇六〇万円に減額することが合意され、右買受人らはそれぞれ半額づつ負担し同月三日、一〇日及び二九日の三回に分割し右一〇六〇万円全額を控訴人に支払つたことが認められる。控訴人は右本人尋問において、右市道付け替えの事情があつて代金額は確定しておらず後日残金を清算することになつている旨供述しているのであるが、前記甲第一九号証に照らしにわかに信用しがたいところである。そうすると右一〇六〇万円は、控訴人がその所有地を他に売渡すことにより、これに内在し控訴人に帰属していた値上りによる増加益が具体化したものを含んでおり、昭和四三年に収入すべき金額として控訴人の同年中の総収入金額に算入すべきものというべきである。なお、控訴人が主張する戌土地の一部につき所有権移転登記手続を了していないという事実は、仮にその事実があつても譲渡所得税の課税を妨げるものではないから、これによつて右判断を左右するには足りない。

よつて本件処分理由(五)に控訴人主張のような未発生の所得に課税した違法があるとはいえず、右処分理由(五)は相当である。

四以上のとおりであつて、被控訴人がした本件更正処分及び過少申告加算税の賦課決定(但し前記被控訴人の異議決定及び国税不服審判所長の裁決で取消された分を除く)に控訴人主張の瑕疵があるものとは認めがたく、右処分は相当であり、その無効確認予備的にその取消を求める控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は失当として棄却を免れない。

よつて控訴費用の負担につき行政事件訴訟法第七条民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小林信次 滝田薫 桜井敏雄)

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